2019年6月20日(木)の練習を振り返って②

2 Lasciatemi morire
まず、以前口頭でお伝えした、この曲の背景等を書いておきます。
この曲は、モンテヴェルディのオペラ「アリアンナ」(1608年初演)で歌われるアリアがもとになっています。「アリアンナの嘆き」ともよばれています。ギリシャ神話から題材をとっています。
アリアンナは、クレタ島の王ミノスの娘。
ミノス王は、海神ポセイドンとの約束を守らなかった罰として、妻が牛頭人身の怪物(アステリオス)を生みます。アステリオスは、人を喰らうようになり、そのため迷宮に閉じ込められ、「ミノタウロス」と呼ばれるようになります。ミノス王は、敵国であるアテネから14人の若者を迷宮に送り、ミノタウロスのエサにしようとしていました。この14人の中にアテネの王子テゼオがいました。テゼオは、ミノタウロスを討伐するため、自ら志願したのです。
このテゼオに恋をしたのがアリアンナです。アリアンナは、テゼオを救うために、自分との結婚を条件に迷宮からの脱出方法を彼に教えてしまいます。

やがて二人はクレタ島を脱出するのですが、途中、テゼオは、アリアンナをナクソス島に置き去りにしてアテネに帰還してしまいます。敵国の王女を連れ帰ったら、自分の立場が危うくなると判断したのです。
一人取り残されたアリアンナが、悲嘆にくれる場面で歌われるのがこの曲です。

声楽を勉強して、イタリア系の先生に師事すると、必ずと言ってよいほど課題に取り上げられる曲です。私も高校生の時、東先生に歌わされました。当時歌詞なんて調べようともしなかった私は、「ラシャーテ ミモリーレ」だと勘違いしていました。あー恥ずかしい💦

さて、イタリア古典歌曲集に載っているこの曲ですが、歌曲ではなくオペラのアリアです。内容も非常にドラマチックなものがあります。上辺だけキレイに歌うのではなく、アリアンナの、心から絞り出すような叫びを表現したいですね。

曲のテンポは「Lento 」(遅く)と表示されています。(いや、メトロノームは、ベートーベンの時代に発明されたのですから、この表示は、モンテヴェルディが書いたはずがありませんけど)
Lasciate 〜させよ・・・という命令形
mi 私を
morire 死
「死」という言葉の所にppが書かれています。(これも、モンテヴェルディが書いた訳ではないですけど)愛する人に裏切られ、孤島に一人置き去りにされ、周りには誰もいない。そのような状況で出てきた台詞です。「たかが失恋じゃないか」と冷めた人は思うかもしれません。でもそれだけではありません。アリアンナは、愛する人を救う代償として、自分の父と祖国を裏切ったのです。それなのに自分の望みを叶えられなくなってしまった。失恋の悲しみと共に自分が選択した行動への後悔もまた大きくのしかかっているのです。オペラの演出という観点で考えた場合、「私を死なせてよ!!」と絶叫するより、囁くような、呟くような言い回しの方が凄みがあると思います。「morire 」は、ただ弱く歌うのではなく、アリアンナの嘆き・・・いや、殆ど「呪い」に近い感情が込められていると思います。

E che volete voi からは、新たな気持ちで歌いましょう。きっかけをつくるのはテナーです。
volete 、conforte、sorteは韻律を合わせていますね。
13アウフタクトからはアルトとベースの二部合唱です。アルトの方が主旋律ですが、音がとても低くて出しづらいかと思います。一方、アルトより遠慮して歌わなければいけないベースが歌いやすい音域です。場合によってはソプラノの半数、あるいは全員にアルトの助太刀をお願いするかもしれませんので、一応覚悟しておいてください。
ところで、この部分の歌詞が違うバージョンがあるのを聴いたことがある方が多いと思います。
E che volete voi の部分が E chi 〜になっている演奏がありますね。これは、読み間違いでも何でもありません。どちらも文法的に間違いではないです。ただ、疑問代名詞である「che 」と「chi」の違いで、意味が微妙に違ってきます。皆さんの楽譜は「che」です。この場合、「これ程苛酷な運命の中にあり、これ程大きな苦しみの中にいる私が、何によって慰められるというのでしょう。」となります。一方、「chi」の方だと「これ程苛酷な運命の中にあり、これ程大きな苦しみの中にいる私を、誰が慰めてくれるというのでしょう。」となります。この違いは、編曲者の違いにより生じました。
曲の終わりは、微妙に明るい長調の和音です。これにも意味があります。ストーリーの続きですが、アリアンナは海中に身を投げて自殺しようとするのですが、それをディオニソスの神が救い、アリアンナを妻に迎えるのです。つまり、この後に続くハッピーエンドを予感させる「長調」なのではないかと思われます。

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Posted by uchikoshi